2008年10月23日

1/48紫電改完成

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1/48ハセガワ紫電改が完成しました。

1/48の決定版と評されるこのキットは、実機のディテールが隅々にいたるまで表現されていて、パーツ分割も適切で組みやすく、旧キットとは比べ物にならないくらいの出来です。現在僕が最も気に入っているキットの内の一つです。

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有名な菅野大尉登場の343−15の写真を見ると、濃緑色の塗装がかなり剥げているのが分かります。

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それを参考に、思い切って、この紫電改にも派手にシルバーでウェザリングしました。

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マーキングは343空の戦闘301新撰組所属の343−11号機です。エースパイロット、杉田上飛曹はこの紫電改に搭乗して、いったい何機の敵機を落としたのでしょうか?完成した模型を見ながらいろいろと考えてしまいます。

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しかし、区隊長という役割を担った杉田上飛曹の機体に、実際、胴体後部に帯が一本あったどうかは疑問です。しかし、帯があった方がエースパイロットの機体らしく、模型的にも見栄えがします。(←おいおい、そんな中途半端な姿勢でスケールモデルを作っとるんか!)
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2008年10月22日

1/48紫電改その9

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真鍮パイプの口をカルコの先で広げ、20o機関砲の銃身を作りました。完成まであと少しです。
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2008年10月19日

1/48紫電改その8

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スミ入れとウェザリングをしました。ウォッシングをしたら、だいぶ質感がでてきた感じです。

すみ入れは、つや消し黒+フラットブラウンか、つや消し黒+ライトグレーにするか、いつも迷います。

今回は上面を黒とブラウン、下面を黒とライトグレーのすみ入れにしました。
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2008年10月15日

1/48紫電改その6

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上面と下面の塗装が完了しました。

川西製の濃緑色は青みを帯びていたという話があるので、上面には青みがかった濃緑色を調合し塗装しました。その上から、白を少々混ぜた濃緑色でグラデーション塗装をしています。

下面はシルバーを吹き付けた後、シルバーグレーでグラデーションをかけました。

でも、まだまだ質感がない状態です。

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2008年10月14日

1/48紫電改その5

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日の丸、主翼の味方識別帯、胴体後部の黄色の帯を先に塗装し、マスキングしている状態です。

この後、下面及び上面を塗装していきます。


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2000馬力の誉発動機です。

カウルフラップは開閉選択式で、もちろん開いた状態を選択しました。

単排気管はエアブラシで焼けたように塗装しました。
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2008年10月11日

1/48紫電改その4

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合わせ目処理をした後、サーフェイサーを吹き付けました。

たいがいこの作業をした後は見落としたヒケが見つかるのですが、このキットはヒケがほとんど見られず、マイナーな修正だけ行いました。

これから塗装に入ります。
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2008年10月07日

1/48紫電改その3

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早くも紫電改は十の字というか、Tの字に組みあがりました。

主翼上面、胴体とのつなぎ目には繊細なモールドが。

「どうせ、胴体接着した後、ヤスリがけで消えるのに...。」

と思っていたら、意外とかっちり、ぴったりと合いました。

うまくモールドに隠れてどこが接合面か分からないくらいです。

ハセガワのキットで、これだけきれいにパーツが合うキットは初めてだったので感動しています。
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2008年10月04日

1/48紫電改その2

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紫電改のパワープラント、「誉」の完成です。

ゼロ戦は三菱製として世に知られていますが、ゼロ戦のエンジン、「栄」は中島製です。紫電改のエンジン、「誉」も中島製ですが、栄は960馬力に対し、誉は2000馬力と二倍のパワーを持っています。

さらに第二次大戦中、誉を搭載した航空機の種類がもっとも多いそうです。このような高性能のエンジンを搭載した機種は大戦末期に多く生産されました。誉の不良も少なからずありましたが、その頃にはこのような高性能の発動機を搭載した航空機を操ることのできる搭乗員は不足していました。
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2008年10月03日

1/48紫電改

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今回のプロジェクトはハセガワ1/48紫電改です。

旧キットの紫電改をいろいろと手を加えてやっと完成したと思ったら、新キットの発売が発表されました。そのときはがっかりしましたw。

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で、いきなりコックピット完成です。

丁寧に細部を塗り分ければ特にディテールアップする必要はないと思います。実際、僕もフットバーに少々手を加えただけです。
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2008年09月21日

杉田庄一という男

杉田庄一は大正13年、新潟県東頸城郡安塚村で農家の次男として誕生します。昭和15年に舞鶴海兵団に入隊し、昭和17年に丙種予科練習生を卒業しました。杉田が木更津で開隊され第6航空隊(後の204空)に配属され、その後ラバウルに進出します。杉田はラバウルでも最前線基地であるブイン進出。昭和18年8月18日、この日運命の悪戯か、杉田の人生を大きく変える任務が待っていました。それは、ラバウルを視察に訪れていた、山本五十六連合艦隊司令長官とその参謀が搭乗する一式陸上攻撃機2機の護衛の任務でした。護衛の戦闘機は山本長官の希望によりわずか6機でした。技量がいくら良くても、当時飛兵長の杉田にとって責任が重過ぎる任務でっあったことに違いはありません。

米軍は日本軍の暗号を解読に成功していたため、山本長官のラバウル視察の情報は米軍に筒抜けでした。それを知らずして、山本長官とその一行は一式陸攻二機に分乗し、六機の零戦が護衛に付き出発。しかし、ブイン上空に達したとき、上空から16機のP−38が襲い掛かり、山本長官の陸攻二機はあっけなく撃墜されました。護衛の零戦の搭乗員はこの奇襲になすすべもありませんでした。

人一倍負けん気と責任感が強い杉田にとって、この事件は耐え難いものだったでしょう。杉田を含む6人の零戦搭乗員はその後、懲罰と称して、敵基地銃撃など数々の過酷な任務を与えられ、一人、また一人と未帰還になります。最後に生き残ったのは、被撃墜され大火傷を負った杉田と、戦闘により負傷し、右手首を切断した柳谷謙治だけでした。このとき杉田の人生にとってゴールは死そのものだったのでしょう。「自分が死ぬまでいったい、何人の敵を道連れにできるだろうか?」 こんな信念が、過酷な任務に耐え、生き残ることを可能にしたのかもしれません。

杉田は昭和20年1月に、343空に配属されます。そこで戦闘307飛行隊(新撰組)で、戦闘機パイロットとしての腕を買われ、菅野直大尉の列機を勤めました。また杉田は菅野を兄貴分のように慕っていたようです。

昭和20年4月15日午後、杉田にとって運命と時が訪れようとしていました。その日、敵機接近の報を受けたころには、もうすでにグラマンF6Fが基地上空で銃撃体制に入っていました。その時、空戦により右目を失明して依頼、第一線を退いたエースパイロット、坂井三郎少尉が、出撃しようとする杉田を制止しますが、それを振り切るように出撃しました。

杉田の操縦する紫電改は離陸直後、まだスピードが上がりきらないないところを、グラマンF6Fが後方から食らい付き銃撃しました。杉田の紫電改は敵機の機銃弾を受けて墜落、炎上し、杉田は戦死しました。

山本長官の護衛任務に失敗し、死に向かって戦い突き進み、それまでにできる限りの敵を道連れにしました。彼が戦死するまでに撃墜した敵機は100機以上にも上ると言われています。杉田はそれが山本長官へのせめてもの償いと信じていたのではないでしょうか。

杉田の戦死は、全軍布告され、杉田は二階級特進により少尉に昇進しました。

posted by wakamiyan at 21:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 343空と紫電改 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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